東京地方裁判所 平成11年(ワ)20871号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 中陳秀夫
同 田中敬三
同 今泉良隆
被告 B
被告 C
右被告両名訴訟代理人弁護士 長瀬有三郎
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告平田健藏が、亡平田巳之助(昭和三七年六月八日死亡)及び亡平田サキ(昭和三九年八月二七日死亡)の各相続について、相続分を有しないことを確認する。
2 被告斉藤禮子が、亡平田巳之助(昭和三七年六月八日死亡)及び亡平田サキ(昭和三九年八月二七日死亡)の各相続について、相続分を有しないことを確認する。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
(一) 原告の訴えをいずれも却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案の答弁
(一) 原告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二事案の概要
原告は、原告及び被告らの父親である亡平田巳之助(以下「巳之助」という。)並びに母親である亡平田サキ(以下「サキ」という。)の相続について、被告らは、いずれも原告に対し、その相続分を譲渡し、相続分を失ったとして、被告らが相続分を有しないことの確認を求めるものである。
一 争いのない事実等(証拠を掲げない事実は争いがない)
1 原告及び被告らの父親である巳之助は、昭和三七年六月八日に死亡したが、その相続人は、妻であるサキ、二男である原告、三男である被告平田健藏(以下「被告健藏」という。)、四男である平田徳藏(以下「徳藏」という。)、長女である高橋百合(以下「百合」という。)及び四女である被告斉藤禮子(以下「被告禮子」という。)の六名(以下「本件相続人ら」といい、原告以外の右巳之助の子ら四名を「原告の兄弟ら」という。)であり、その法定相続分は、サキが三分の一、子らが各一五分の二であった。
2 巳之助の遺産としては、世田谷区北沢五丁目宅地六六一・一五平方メートル(以下「本件土地」という。)、右土地上の建物(以下「本件建物」という。)、株式及び現金(預金を含む)があった。
3 巳之助が死亡した当時、原告は、通産省からジェトロ(日本貿易振興会)に出向してアメリカに在住していた。そこで、原告の兄弟らは、巳之助の葬儀のあとである昭和三七年六月一二日、左記内容の計算書(乙四、以下「本件計算書」という。)を作成した(乙四、被告健藏本人、被告禮子本人)。
記
(一) 現金(預金を含む)及び株式の分配
サキ 三五万円 (株式及び現金)
原告 一三万円 (現金)
被告健藏 一三万円 (株式及び現金)
百合 一三万円 (株式及び現金)
徳藏 一三万円 (株式及び現金)
被告禮子 一三万円 (現金)
(二) 本件土地及び本件建物の分配
(1) 本件土地は、サキに分配を返上してもらい、兄弟で法律で(「法律に従って」との趣旨と解される。)分配する。
(2) 本件建物は、原告に一任する。
4 徳藏は、本件計算書をアメリカ在住の原告に送付したが、原告は、巳之助の遺産は全部原告のものである旨返答し、本件計算書に基づく遺産分割には同意しなかった。しかし、原告の兄弟らは、本件計算書に基づいて巳之助の遺産である株式及び現金(預金を含む)を分配してしまった(被告健藏本人、被告禮子本人)。なお、被告健藏は、本件計算書に基づく被告健藏、サキ及び原告の取り分を後に原告が帰国した際、原告に渡した旨供述している(被告健藏本人)が、原告はこれを否定しており(原告本人)、原告の供述及び弁論の全趣旨に照らして被告健藏の右供述は信用できない。
5 原告は、昭和三九年七月に帰国した。そして、同年八月二七日にサキが死亡した。サキの相続人は、サキを除く本件相続人らであり、その法定相続分は、各五分の一であった。サキの遺産は、巳之助の遺産の相続により取得した本件建物及び本件土地の持分及び若干の株式及び現金等であった。
6 原告が帰国するまでは、本件建物にはサキと被告健藏が居住していたが、原告が帰国し、サキが死亡してからは、原告の家族だけが本件建物に居住するようになった。そして、原告は、昭和四一年ころ、本件土地上に妻である平田さち(以下「さち」という。)名義のアパートを建築し、昭和四七年ころには、本件建物を取り壊して原告とさちの共有名義の建物を建築し、平成三年には、さち名義のアパートを取り壊し、本件土地上に原告とさちの共有名義のアパート二棟を建築した(原告本人、弁論の全趣旨)。
7 被告健藏は、昭和四〇年六月三〇日、当時被告健藏が勤務していた通産省の食堂において、原告に対し、「協議書」という表題のもと、「亡父巳之助の遺産の分割についてはすべて貴方の意向にお委せします。従って右遺産に課せられる相続税は私の分担分があれば貴方が支払うものと了解します。」と書面に記載し、署名・押印してこれを原告に交付し、原告は、右書面に、「右の件承知しました。」と記載し、署名・押印した(甲一、以下「本件書面<1>」という。)。また、原告は、本件書面<1>と同一内容の文言が記載された書面を被告禮子に送付し、そのとおりの内容を被告禮子が記載した書面を原告に送り返すように求め、被告禮子は、昭和四〇年七月二二日、原告の求めに応じて、本件書面<1>と同様に、「協議書」という表題のもと、本件書面<1>に被告健藏が記載したのとまったく同一の文言を書面に記載し、署名・押印してこれを原告に送付し、原告は、右書面に、「右の件承知しました。」と記載して署名・押印した(甲二、以下「本件書面<2>」という。)。
8 徳藏は、平成三年一二月、原告及び徳藏以外の原告の兄弟らを相手方として、東京家庭裁判所に対し、本件土地を対象とする遺産分割の調停の申立てをした(以下「第一回調停事件」という。)。右調停において、原告は、本件土地は、巳之助から生前贈与を受け、あるいは時効取得したので、原告の所有であり、巳之助の遺産ではない旨主張した。そして、調停成立の見込みがなかったため、徳藏は、平成六年一月、右調停の申立てを取り下げた。(甲五、乙五、弁論の全趣旨)
9 原告の兄弟らは、平成六年八月、原告を被告として、東京地方裁判所に対し、本件土地が巳之助の遺産であることの確認を求める訴訟(以下「本件前訴訟事件」という。)を提起した。本件前訴訟では、原告は、巳之助からの負担付き贈与又は取得時効により本件土地の所有権を取得した旨主張したが、一審、控訴審、上告審とも原告の兄弟らが勝訴し、平成一〇年二月一三日、本件土地が巳之助の遺産であることを確認する判決が確定した。(乙一から三まで)
10 原告の兄弟らは、平成一○年四月九日、原告を相手方として、東京家庭裁判所に本件土地の遺産分割を求める調停の申立てをした(以下「第二回調停事件」という。)。右調停は、平成一一年八月二日、審判に移行し、その審判手続の進行中に本件訴訟が提起された。(乙五、弁論の全趣旨)
二 争点
1 本件訴訟の適法性
(一) 被告らの主張
(1) 原告は、本件第一回調停事件においても、本件前訴訟事件においても、被告らから相続分の譲渡を受けたという主張は一切しなかった。被告らから相続分の譲渡を受けたという原告の主張は、第二回調停事件において初めてなされたものである。相続分譲渡の主張は、本来、本件第一回調停事件においても、本件前訴訟事件においても、当事者適格にかかわる重大な問題であり、したがって、仮に原告がそのような認識をもっていたとしたら、予備的にでもその旨の主張があってしかるべきである。原告の本件訴訟提起は、第二回調停事件が審判手続への移行が決まった段階で、ことさらに遺産分割の解決を長引かせるための不当な手段である。
(2) 特定の財産が遺産であることの確認は、その財産について共同相続人による遺産分割前の共有関係の確認であることの確定にとどまらず、その裁判の当事者たる共同相続人が当該財産について一定の共有持分を有することの確認をも包含すると解するのが相当である。つまり、本件被告らが本件土地の遺産分割前の共有者であることは、本件前訴訟事件の判決によって確定されているのである。
(3) 本件訴訟における原告の請求は、形式的には抽象的に被告らの相続分の不存在確認を求めるものであるが、遺産分割の対象は「本件土地」しかないのであるから、実質的には、被告らの本件土地に対する共有持分の否定、共有関係からの排除を求めるものである。したがって、このような訴訟は、本件前訴訟の既判力に抵触する不適法なものである。
(二) 原告の主張
(1) 原告が本件第一回調停事件においても、本件前訴訟事件においても、被告らから相続分の譲渡を受けたという主張をしなかったのは、当時、原告は一貫して本件土地等の所有権がもともと原告にあり、遺産ではないとの確信を有していたからであり、それが前提である以上、相続分の譲渡を議論する理由はまったくなかったからである。しかも、本件前訴訟事件は、被告らのほかに徳藏と百合も原告となって、まさに本件土地が巳之助の遺産か否かが争われたのであって、被告らが具体的に相続分を有しているかが問題となったものではなかった。したがって、仮に本件前訴訟事件で原告が被告らの相続分の譲渡を主張してみたとしても、本件土地が遺産か否かの結論には何ら影響しなかったものである。
(2) 本件前訴訟事件は、本件土地が巳之助の遺産であることの確認を求める訴訟であり、その既判力の範囲は、本件土地が已之助の遺産に属するということに限られ、サキを除く本件相続人らが本件土地について一定の共有持分を有することまで確定するものではない。そもそも、特定の法定相続人が相続分を有するか否かという問題は、特定の財産が遺産に属するか否かという問題とは別次元の問題であって、後者に関する裁判が、前者の問題まで解決し、既判力をもって確定すると考えることは困難である。相続分譲渡を原因とする相続分不存在確認の訴えは、遺産の範囲や特定の財産の帰属先などとは関係なく、端的に当該法定相続人が遺産全体について相続分を有するかどうかが争点となるのに対し、遺産確認の訴えは、あくまで、特定・個別の財産について、それが果たして遺産に属するかどうかが争われるにすぎないのであって、特定の財産の遺産帰属性に関する後者の裁判が遺産全体にかかわる前者の問題まで確定させるということは、まったく考えられない。
2 被告らから原告に対する相続分の譲渡の有無
(一) 原告の主張
(1) 原告は、昭和二一年夏に戦地から帰国して以降、「平田家の財産はすべてお前にやるから、これからはお前が平田家の戸主として、責任をもって、平田家を支えていってほしい。」との巳之助の要請に応じ、戦死した長男平田新藏に代わって、平田家の実質的な戸主として、自己の収入はほとんどすべてを平田家の家計に入れ、本件土地の固定資産税等も全部負担するなどし、一貫して自己を犠牲にして平田家の家産の維持に貢献してきた。
(2) 被告らは、原告を除く兄弟間でも最も深く平田家に関与した者であって、いずれも原告がどれだけ身を尽くして平田家に貢献してきたか身をもって熟知していた。原告は、昭和三七年六月に原告の兄弟らによって作成された本件計算書について、原告の兄弟らに対し、巳之助名義のまま残った本件土地や現金、株式等は、実質的には原告の所有である旨申し送ったが、当時、この原告の返答に対して異論を持ったのは、徳藏だけであった。被告健藏は、昭和三七年七月二三日付けの原告宛の手紙(甲六、以下「本件手紙」という。)で、自分も巳之助の遺産はないと思うが、既に分配してしまった現金類は、それとして原告から貰えないかと記載している。
(3) 本件書面<1>は、原告が平田家のために払った犠牲の大きさを熟知していた被告健藏が、巳之助名義の遺産は原告が取得するのが当然であるとの考えで作成し、原告に交付したものであり、その内容は、巳之助及びサキの相続に基づく自己の相続分全部を原告に譲渡する旨の意思表示を記載したものである。また、本件書面<2>は、当時、布教に携わっていた被告禮子宛に原告が手紙を書いて、本件書面<1>と同旨の書面の送付を依頼したところ、被告禮子が被告健藏の考えに同調して、自ら本件書面<2>を作成し、原告に送付してくれたものであり、本件書面<1>と同じく、巳之助及びサキの相続に基づく自己の相続分全部を原告に譲渡する旨の意思表示を記載したものである。
(4) 本件書面<1>、<2>が作成されてから約一、二か月を経た後である昭和四〇年八月下旬ころ、巳之助の相続について相続税の支払通知が来て、原告は、本件書面<1>、<2>に従い、被告らに割り当てられた相続税を支払った。
(5) 本件計算書においても、本件建物は原告に一任すると記載されており、原告の兄弟らは、少なくとも原告が本件建物に居住し続けることを認めていた。原告は、昭和三九年に帰国してから、本件土地上に三〇年間にわたって居住し、本件建物を取り壊して居宅を新築し、あるいは、本件土地上にアパートを建築したが、被告らを含めて原告の兄弟らからは何の異論も唱えられたことはなかった。被告健藏は、原告が建築したアパートに家族ともども居住していた時期もあり、被告禮子は、原告の居宅の新築に際し、新築祝いの手紙を寄越したりしていた。これは、被告らが、本件土地や本件建物は、すべて原告に委ねられるべきものであるとの認識を有していたことを示すものである。第一回調停事件においても、調停を申し立てたのは、徳藏だけであり、原告及び被告ら並びに百合は相手方であった。
(6) したがって、巳之助及びサキの遺産相続について、被告らの相続分はゼロになり、原告の相続分は五分の三となったが、被告らは相続分の譲渡を争うので、被告らが相続分を有しないことの確認を求める。
(二) 被告らの主張
本件書面<1>、<2>は、原告から文案を指示されて被告らが書いたものであるが、右書面が相続分譲渡の趣旨ではないことは文面上明白であり、遺産(本件土地のみ)の分割については原告に委ねるという以上の意味はない。もし、相続分の譲渡であれば、原告は、旧制東京帝国大学法学部卒業者で法律を熟知しているのであるから、端的にその旨の文案を指示したはずであり、そうではなく、「遺産の分割についてはすべて貴方の意向にお委せします」としたのは、原告自身が被告らに一定の相続分のあることを認めていたからにほかならない。本件書面<1>、<2>作成当時、被告らは、自分の相続税負担分を支払うことができない状態であったため、原告にその支払を委ね、後日の遺産分割の際にその清算を行う意思で本件書面<1>、<2>を原告に交付したものである。
第三判断
一 争点l(本件訴訟の適法性)について
第二の一の9で認定したとおり、本件前訴訟事件では本件土地が巳之助の遺産であることが既判力をもって確定したのであり、本件前訴訟事件の当事者であった被告らが相続分を有することまで既判力をもって確定したものではないから、本件訴訟が本件前訴訟の既判力に抵触するということはできず、また、原告は、本件前訴訟では、そもそも本件土地は自分の所有であり、相続の対象ではないと主張していたのであるから、相続を前提とする相続分譲渡の主張をしなかったことをもって信義則上本件訴訟を提起することが許されないとまでいうこともできない。したがって、被告らの本案前の答弁は理由がない。
二 争点2(被告らから原告に対する相続分の譲渡の有無)について
1 第二の一で認定した事実、甲一号証から二三号証まで(枝番のあるものは枝番を含む)、乙一号証から七号証まで、原告本人尋問の結果及び被告ら各本人尋問の結果によれば、<1>原告は、昭和二一年夏に戦地から帰国してから、平田家の実質的な戸主として、自己の収入の大半を平田家の家計に入れ、それによって、巳之助・サキ夫婦や昭和二一年当時未成年者であった被告禮子、徳藏の生活が支えられていたこと、<2>被告健藏についても、原告はその転職の世話をし、経済的な援助をしてきたこと、<3>原告の平田家の家計への経済的援助は昭和三六年まで続いたこと、<4>巳之助の死亡後にアメリカ在住の原告抜きで原告の兄弟らによって作成された本件計算書については、原告はこれを承認せず、巳之助の遺産の遺産分割はされないままとなっていること、<5>もっとも、原告の兄弟らは、原告が帰国する前に本件計算書に従って現金及び株式を取得してしまったこと、<6>サキの死亡後もサキの遺産(ほとんどが、巳之助の遺産のうちのサキの相続分)の遺産分割はされないままとなっていること、<7>原告は、昭和三九年七月にアメリカから帰国して以来、本件土地上に居宅やアパートを建築し、本件土地を占有してきたが、平成三年一二月に徳藏が第一回調停事件の申立てをするまで原告の兄弟らから原告の本件土地の占有について異論は出なかったこと、<8>しかし、第一回調停事件以降、原告の兄弟らは、被告らも含めて、本件土地は巳之助の遺産であり、遺産分割の対象となる旨の主張をしていること、以上の事実が認められる。
2 本件書面<1>、<2>の内容及び作成経過は、第二の一の7で認定したとおりであり、右1で認定した事実及び<1>原告の兄弟らは、本件計算書で本件建物は原告に一任するとしており、原告が本件建物を取得し、本件建物に居住することは承認していたと認められること、<2>被告健藏は、巳之助の遺産全部よりも原告の経済援助額の方が多いとする原告作成の資料(甲九)を示され、昭和三七年七月二三日付けの本件手紙で、「お父様の相続財産がない事になりますが自分も大体そう思います。然し土地家屋以外の動産は少しずつ頂きたいと思います。」と述べていること(甲六、九、被告健藏本人)、<3>被告禮子は、昭和四九年六月、さちに対する手紙で、原告が本件土地に居宅を新築したことを祝う趣旨のことを述べていること、以上の事実を併せ考えると、本件書面<1>、<2>を作成する際に問題となったのは、巳之助の遺産全部ではなく、本件計算書で兄弟で法律に従って分配するとされている本件土地であり、被告らは、原告の平田家、ひいては被告らに対する経済的援助の大きさを考えて、原告が本件建物とともに本件土地を取得することを認める趣旨で本件書面<1>、<2>を作成したものと認められる。そして、巳之助の遺産としては、本件建物及び本件土地以外に現金(預金を含む)と株式があったが、第二の一の3、4で認定したとおり、被告らは、既に本件計算書に従って現金又は現金と株式で一三万円ずつ分配を受けていたので、遺産分割において、それを確定的に取得できるのであれば、それ以上に遺産の分配にあずかる気持はなく、それが、「亡父巳之助の遺産の分割についてはすべて貴方の意向にお委せします。従って右遺産に課せられる相続税は私の分担分があれば貴方が支払うものと了解します。」という文言になったものと解される。
3 原告は、本件書面<1>について、これは、「土地建物は私が全部取ってよろしいと、それだから相続税は兄さんが払うのは当然だとこう言っているわけです。」と供述している(原告本人)が、右供述は、本件書面<1>が本件建物及び本件土地に関するものであったことを示すものと解される。また、被告禮子は、本件書面<2>は、「相続税を払ってもらう代わりに遺産については原告の好きなようにしてください」という趣旨で書いたと供述している(被告禮子本人)が、被告禮子は、右書面作成時には、本件計算書に従って分配を受けた一三万円は既に費消していた(被告禮子本人)のであるから、右供述も、本件書面<2>が既に分配を受けた現金を除いた遺産である本件建物及び本件土地に関するものであったことを示すものと解される。
4 したがって、本件書面<1>、<2>は、被告らは、巳之助の遺産分割において、本件建物及び本件土地を原告が取得することを認め(被告らは、巳之助の遺産分割において、本件建物及び本件土地について被告らが分配にあずかれるものがあれば、これを原告が取得することを認めることを意味する。)、その代わり原告は被告らが支払うべき相続税を支払うことを明らかにしたもので、被告らの相続分をすべて原告に譲渡し、被告らが本件計算書に従って取得した現金(被告禮子)又は現金及び株式(被告健藏)の分配を受ける権利まで失うことまで認めたものと解することはできない。そして、相続分の一部譲渡が認められると解する立場に立ったとしても、相続分は、遺産全体に対する包括的な持分であり、特定の遺産に対する共有持分ではないから、本件書面<1>、<2>によって相続分の一部譲渡がなされたと認めることもできない。
5 以上によれば、原告は、本件書面<1>、<2>に従って被告らの相続税を支払っており、本件書面<1>、<2>の存在は、少なくとも巳之助の遺産分割において考慮されるべきものというべきである(本件書面<1>、<2>の趣旨からすると、サキの遺産分割においても、被告らが本件建物及び本件土地についてのサキの取得分について分配を求める権利を留保したものとは解されない。)が、本件書面<1>、<2>によって相続分の譲渡がなされたものと認めることができない以上、被告らは巳之助及びサキの遺産の相続分を有し、遺産分割の当事者適格を失わないものというべきである。
三 よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 福田剛久)